ラテン・アメリカ政経学会

コラム

メキシコの小さなコーヒー文化革命?

山本純一

 一昨年(2010年)11月、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)でラテン・アメリカ政経学会全国大会が開催された際、同大学山本純一研究室が国際協力機構(JICA)から受託している草の根技術協力事業(正式名「メキシコ国チアパス州先住民関連3団体に対するコーヒーの加工・焙煎およびコーヒーショップの開店・経営に関する技術協力事業」)に関する報告を当時のプロジェクトマネージャーが行った。報告後、会場から「コーヒーショップ開店の目的は何か?」という質問が寄せられた。本プロジェクトの目的が、焙煎豆の販売、コーヒーショップの運営により安定的かつ高い収益を得る機会と雇用の創出にあると説明していたにもかかわらずである。質問者が単に説明を聞いていなかったのか、それともその説明に納得していなかったのかは定かではないが、実は、このプロジェクトが開始から2年たち、当初の目標達成に目処がたった今だから明らかに出来ることだが、私には個人的な深い思い入れがあり(詳しくは拙著『メキシコから世界が見える』集英社新書参照)、隠された、そして大それた目的があった。

 その目的とは、
  1. 現在のフェアトレード運動では根本的に解決のできない、「南が生産し、北が消費する、しかも北がより多くの付加価値を得る」という南北問題の基本的構図に「小さな転換」をもたらす、
  2. 政治的経済的社会的に疎外されてきた先住民が白人文化の象徴であるコーヒーショップを開店、経営できることを本プロジェクト関連団体の内外に示し、先住民および生産者としての矜持を獲得する、
  3. コーヒーの焙煎および抽出技術を高め、ハンドドリップやサイフォン式に代表されるスローカフェという、大手コーヒーチェーンとは異なる新たなコーヒー文化をメキシコに創出する、

といったものである。


セレモニー

<カフェオープンセレモニー時の模様>


幸い、コーヒーショップ(Cafetería de Maya Vinic:「マヤ人のカフェ」の意)は昨年末、サンクリストバル市の歩行者天国“Andador Eclesiástico”のArco del Carmen前にオープン、地元の有力紙El Cuarto Poderでも、1997年12月のアクテアル村虐殺事件を乗り越え、同村を本拠地とする先住民協同組合(Maya Vinic)が栽培から加工・焙煎・抽出まで一貫管理し、直営するこのカフェの開店が大々的に報じられた(2011年12月19日付“Café Maya Vinic, de Acteal para el mundo ”で閲覧可能)。そして、来店した方々からは「サンクリストバルでいちばん美味しいコーヒー」、「ほかの店のコーヒーが飲めなくなった」、「メキシコで本格的なハンドドリップのコーヒーが飲めるとは思っていなかった」との評判を得ることもでき、フェースブックなどでその情報が広がっている。しかしながら、彼らの生活水準や金銭感覚からすれば当然ではあるが、品質よりも廉価を求める消費性向をもち、これまでエンドユーザーに接したことがなく小売ビジネスに疎いマヤビニックの人々は、品質に応じた価格設定、つまり高品質のコーヒーを高価格で売ることを躊躇し、他店よりも1ペソでも安くする価格競争を展開、損益分岐点をクリアーできるかどうかという現状を見ると、上記の隠された個人的野望が実現できるかどうかは、私の重い課題である……

 とは言っても、カフェの主体は彼らであり、自立を促すため金も口も出さないと決めた私は、彼らを見限るのではなく、せいぜい出来る限りの度量で見守るしかない。

(本文は、日墨協会発行『NICHIBOKU』 2012年1月号に寄稿した拙稿「Maya Vinicカフェ開店の隠された個人的野望」を改題、大幅に書き直したものである。)

(やまもと・じゅんいち/慶応義塾大学教授)