ラテン・アメリカ政経学会

コラム

2012年メキシコ大統領選挙に見る民主主義の様相

高橋百合子

 2012年は世界各国で重要な選挙が行われる年であるが、その一つに、7月1日(日)に予定されているメキシコ大統領選挙がある。2006年の前回大統領選挙では、現在の与党である国民行動党(Partido Acción Nacional, PAN)のフェリーペ・カルデロン(Felipe Calderón)候補(当時)と、左派連合「みんなのための同盟(Coalición por el Bien de Todos)」のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador)候補の間で接戦が繰り広げられ、僅差で負けた後者が異議申し立てを行う事態となった。その後、2006年12月に発足したカルデロン政権下では、麻薬組織の撲滅を目指して強硬路線を貫いた結果、治安の悪化、特に暴力犯罪の増加が市民生活を脅かすこととなった。腐敗した警察組織は治安の回復に努めることはできず、法の支配の欠如は、メキシコの民主主義は劣化しているとの評価につながっていった。
 こうした治安問題の深刻化を背景に、2012年の大統領選挙は4人の候補者の間で争われている。制度的革命党(Partido Revolucionario Institucional, PRI)と緑の党(Partido Verde Ecologista de México)から成る選挙連合候補のエンリケ・ペニャ・ニエト(Enrique Peña Nieto)候補、民主革命党(Partido de la Revolución Democrática, PRD)を中心とする左派連合のロペス・オブラドール候補、与党PANのホセフィーナ・バスケス・モタ(Josefina Vásquez Mota)候補、そして新同盟党(Partido Nueva Alianza)のガブリエル・リカルド・クアドリ・デ・ラ・トーレ(Gabriel Ricardo Quadri de la Torre)候補が参戦しているが、事実上、前者3候補の間で選挙戦は繰り広げられている。
 下図は、2012年2月から6月11日現在までの、各候補者の支持率の推移を示している。当初は、治安問題への批判から、PAN候補が苦戦を強いられる一方、2政権振りの政権奪還をねらうPRIのペニャ・ニエト候補が圧倒的優位に立っていた。しかし、5月、6月に行われた候補者間の公開討論を経て、ペニャ・ニエトの支持率が低下する一方で、バスケス・モタ候補とロペス・オブラドール候補が支持率を伸ばしていることから、誰が7月の大統領選を制するのか、予測が難しい状況になってきている。



出所:El Universal紙とThe Dallas Morning News/Buendia& Laredo紙による調査に基づき作成。(2012年6月20日アクセス)

 

 ウニベルサル(El Universal)紙が、各候補者に対して聴き取りを行った公約を比べると、いずれの候補も治安問題、雇用創出、社会政策、教育を重視し、際立った違いは見られない(注1)。今回の選挙に特徴的なのは、メディア・情報をめぐる一連の動きが、選挙戦の行方を大きく左右していることだといえる。具体的に、まずTwitter上で、「私は132番目(ハッシュタグは#yosoy132)」という大学生を中心とする学生運動が、反ペニャ・ニエト候補の機運を盛り上げている。メキシコのテレビは、テレビサ(Televisa)とアステカ・テレビ(TV Azteca)の2局の寡占状態にあり、かねてからPRIに優位な選挙報道を行う点で批判の対象とされてきた。同運動は、こうした2大テレビ局による、不公正な選挙キャンペーンに抗議し、イベロ・アメリカ大学で講演を行うとしたペニャ・ニエトを追い返す事態となった(注2)。これらの運動は、ライバル政党による策略との主張を否定し、真の民主主義を目指す学生運動であることを示すため、デモに参加した131人の学生が、身分証明書とともにYouTubeで学生であることを主張した。その後、この動きに同調する学生が、132番目は自分であるという意味を込めて、「私は132番目(#yosoy132)」という運動として広がっていったのである。また、Twitter、YouTube、フェイスブック等の新たなソーシャル・メディアを駆使して参加者を動員している点で、「アラブの春」に例えられることもある(注3)。5月中旬に運動が活発化して以来、ペニャ・ニエトへの支持率は低下し、左派連合のロペス・オブラドール候補の支持率が大幅に上昇している。
 テレビ局、ソーシャル・メディアが野党候補の支持率に影響を与えている一方、与党PANのバスケス・モタ候補は、政権党である現職優位を活かして、選挙キャンペーンを行うことが難しい状況に置かれている。連邦選挙委員会(Instituto Federal Electoral, IFE)は、選挙期間中、ラジオ、テレビ、政府機関のウェブサイトから、政権党に有利に働くような政府の情報を流すことを禁じている。このため、バスケス・モタ候補は、カルデロン政権の成果を選挙戦に利用することが制限されている。こうした情報統制に対して、連邦情報アクセス機関(Instituto Federal de Acceso a la Información, IFAI)は、国民の知る権利を侵害していると批判しているが、ウェブサイト等における政府情報の更新は極めて限られたままである(注4)。2000年に発足したPAN政権下で、政府活動に対する監視機関が徐々に整備されていったが、皮肉にも、同党候補であるバスケス・モタの選挙戦略に大きな制約を課すこととなったといえよう。
 こうした状況を反映し、6月11日に実施された最新の世論調査結果によると、ペニャ・ニエト候補への支持が37%、ロペス・オブラドール候補が23.5%、バスケス・モタ候補が21.4%となり、引き続きペニャ・ニエト候補が優勢を保っているものの、候補者間の支持率の差は狭まりつつある。また、無回答者が15.1%を占め、これらの票がどの候補者に流れるか予測がつかない。こうした流動的な状況の下、7月1日のメキシコ大統領選挙の行方は、予断を許さないといえる。
 以上、2012年メキシコ大統領選挙を概観してきたが、メキシコの民主主義は本当に劣化しているのだろうか。従来のメキシコの連邦レベルの選挙では、公的資金をばらまき、政治的支持を動員する戦略が散見されることについて、選挙監視団体やNGO等から厳しい批判の目が向けられてきた。しかし今回の選挙では、このようなあからさまな買票行為は見られない。他方、選挙プロセスは、メディア報道の公正性や情報公開のあり方をめぐる様々な動きに大きな制約を受けている。この点で、メキシコでは民主主義が進展しつつあるといえるのではないか、というのが筆者の見解である。しかし、いずれの候補者が勝利しても、新たな学生運動、巨大テレビ局の寡占、そして治安問題など、民主主義を深化させるために避けては通れない問題に対応せざるを得ない。引き続き、流動的なメキシコの民主主義の行方について、注意深く見守ってゆくことが必要である。

 

(注1)“¿Qué Proponen los Candidatos?” El Universal (2012年6月12日アクセス)。
(注2)ペニャ・ニエトがメキシコ州知事時代に、テレビサに巨額の広報費を支払ったことが報道された(The Economist2012年6月2−8日、Reforma、2012年6月9日)。

(注3)Cave, Damien. “In Protests and Online, a Youth Movement Seeks to Sway Mexico’s Election.” The New York Times, 2012年6月11日(2012年6月19日アクセス)。

(注4)Mejia, José. “IFE avalaría al IFAI propaganda en tiempo electoral.” El Universal, 2011年5月30日(2012年6月14日アクセス)。

 

(たかはし・ゆりこ/神戸大学准教授)