ラテン・アメリカ政経学会

コラム

ラテンアメリカ研究とJCAS*

幡谷則子

 私は発展途上国研究という枠組みの中で1980年代半ばにラテンアメリカ地域研究に入ったので、他地域の地域研究者にも日常的に接し、地域横断型共同研究に携わることも多かった。当時から異なる地域における共通の事象や論点を見出し、そこに比較研究の醍醐味を感じていた。今世紀に入り、途上国という範疇自体が変化する中で、様々な地域を対象とする研究者と接する機会が増え、地域研究コンソーシアム(JCAS)の運営委員会にもかかわるようになった。しかし、このような環境にあってなお、ラテンアメリカニストであるがゆえに「awayな感じ」をもつことがある。この理由について自問自答してみたら、次の二つの答えが返ってきた。

 ひとつは、ラテンアメリカ地域研究が、おそらく他の植民地支配を経験した地域よりもはるかに、欧米の思想と文化に根源的な影響を受けているという点である。ラテンアメリカ諸国、とくにスペイン、ポルトガルなどの文字通りラテン文化圏の宗主国によって植民地支配を受けた国々では、独立後、社会構造はもとより、知識階級やエリートの考え方も、欧州の思想と文化に決定づけられた。そして19世紀以降は、米州関係における米国の覇権のもとで経済発展論が展開されていった。その後ラテンアメリカのアカデミズムは、近代化において、欧米型の単線的発展モデルが必ずしも途上国社会の理想を実現しないことを認識し、それを解明するために独自の理論構築を図ってきた。従属論や都市マージナル論、新しい社会運動論などの領域をラテンアメリカ研究が牽引してきたのは周知のことである。こうした新しい議論は、ラテンアメリカ社会の思想的土台にあった中世キリスト教的世界観やその後の欧米近代化論からの脱却をめざす運動の中で構築されてきた。その中に先住民研究と運動が位置づけられることはいうまでもない。しかしながら、私自身、こうした歴史的背景を所与のものとするあまり、明示的に発信することを怠ってきたのではないだろうか。

 もうひとつは、グローバル化の進展とともに、ラテンアメリカを取り巻く環境は大きく変容し、これまでの地理的に定義づけられた「地域」認識に限定されたラテンアメリカ研究が成り立たなくなってきた点である。21世紀に入り、米州関係における米国の覇権の揺らぎ、中国経済の影響力の拡大とともに、一層この傾向は顕著になった。グローバルな人の動きと社会現象の波及といった、広範囲な動態を理解するために、ラテンアメリカ地域研究を位置づける必要に迫られている。アジア太平洋時代のラテンアメリカあるいは環太平洋地域のラテンアメリカ、というように、トランス・ナショナルからトランス・ボーダー、トランス・リージョナルという分析枠組みのなかで、ラテンアメリカの地域観の再構築が試みられている最中である。

 ラテンアメリカ研究にとってもこれらは今日の課題であり、そのためにもJCASの活用に求められる期待は大きい。

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*本コラムは『地域研究コンソーシアムニューズレター』No.20(2016年3月), p.8に掲載されたものを、地域研究コンソーシアム事務局と執筆者の許諾を得て転載したものです。