ラテン・アメリカ政経学会

ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞

ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞は学会創立50周年を記念して2014年度に、日本におけるラテン・アメリカとカリブ地域並びにこれら の地域をルーツとする人びとに関する社会科学分野の研究の活性化と発展のため、 そして、とくに若手研究者の研究を奨励することを目的として設置されました。各暦年に50歳未満の会員が刊行した著書・論文の中から、会員の推薦を受けて選考委員会で特に優れていると評価された研究業績に対して授与されます。【参考】ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞(JSLA賞)規程


2021年度研究奨励賞受賞者について

受賞者:大澤傑氏(愛知学院大学文学部英語英米文化学科 講師)
研究業績:『独裁が揺らぐとき―個人支配体制の比較政治』ミネルヴァ書房  2020年3月

《講評》
 本書は、9事例の比較分析を通じて、独裁体制、とりわけ個人支配体制の崩壊過程を理論化しようとする、きわめて意欲的な研究の成果であり、博士論文をベースに加筆修正して出版されたものである。大澤会員は新進気鋭の比較政治学者であり、必ずしもラテン・アメリカを専門とするいわゆる地域研究者ではない反面、本書の執筆にあたりラテン・アメリカを含む地域研究の成果を存分に活用していることが特徴である。
 本書は、個人支配体制とその変動に関する理論構築を目的とする第一部と、その理論の検証を目的とする第二部からなる二部構成となっている。第一部は三章構成となっており、第1章で個人支配体制の定義を明らかにした後、第2,3章では先行研究を精査しつつ、事例比較のための分析枠組みの構築を図っている。
 比較政治学における政治体制研究では、1970年代に始まるいわゆる「第3の波」以降、長らく「民主化」やその後の「民主主義の定着」、「民主主義の質」にかかわる研究が盛んであった。しかし国際的な現実を反映し、近年再び、「民主主義の後退」、「権威主義の強靭性」、「競争的権威主義」など、様々な非民主主義体制にも再び脚光が浴びせられる傾向にあり、本書もそのような流れの中に位置づけることが可能であろう。
本書の特筆すべき功績は、非民主主義体制の中でも、これまで曖昧な位置づけであった「個人支配体制」を独裁体制の下位類型として、「支配者に権力が集中し、支配者による一元的なパトロン=クライアントネットワークによって統治されている体制」(P35)として再定義することによって、その操作化に道を開いたことであろう。これにより、個人支配体制の誕生は、主要な社会アクターに対するパトロン=クライアントネットワークの構築により、そして、個人支配体制の崩壊は支配者による懐柔戦略によって形成されたパトロン=クライアントネットワークに何らかの機能不全が起きることにより発生することとして分析することが可能であるとされる。
 このような視点から導き出された仮説の検証に当たっては、パトロン=クライアントネットワークの形状(ここでは政党システムに準じる)により個人支配体制をさらに類型化することにより、事例選択を行っている(表3-2)。こうして、「ヘゲモニー政党制」から4事例、「一党制」から4事例(北朝鮮、イラン、ルーマニア、スペイン)、「無党制」からサウジアラビアの計9事例が抽出されている。ヘゲモニー政党制はさらに、「競争的権威主義」(フィリピン、インドネシア)と「疑似競争的権威主義」(ニカラグア、パラグアイ)に分類され、第二部の第4~7章においてそれぞれ比較検証されている。ここでの検証は主として英文の二次資料の精査に基づく定性分析による因果メカニズムの解明が試みられている。
ラテン・アメリカの2国を比較した第5章を例にとれば、ともに野党に議席を割り当てることで反対勢力を包摂したパトロン=クライアントネットワークを構築しながら体制維持を図った疑似競争的権威主義型個人支配体制の比較分析となっており、革命による下からの体制崩壊が起こったニカラグアと、軍部主導による上からの体制崩壊が起こったパラグアイを比較する、いわゆる差異法を用いている。結論としては、「両事例における体制崩壊の形式の違いは、①統治エリートの位置づけと軍部の党制構造の組合せ、および②経済政策に伴うパトロン=クライアントネットワークの変動によってもたらされた」(P169)ことが指摘されている。
 終章では、各章における仮説の検証結果が簡潔に示され、表終-1には、9事例の検証結果が一覧できるようになっている。
 以上の通り、明確な理論的枠組みを提示し、9か国の事例分析による検証を試みた本書の比較政治学分野における貢献は十分に評価に値すると思われる。とりわけ、これまで曖昧にされてきた個人支配体制の理論的精緻化に果敢に取り組み、新たな枠組みを提示したことは、それ自体非常に大きな貢献であると思われる。
 比較対象となった9事例の内、2事例がニカラグアとパラグアイというラテン・アメリカの中でもどちらかというと扱われることの少ない国々であることに鑑みれば、本書は「日本におけるラテン・アメリカとカリブ地域並びにこれらの地域をルーツとする人びとに関する社会科学分野の研究の活性化と発展」という研究奨励賞の目的に十分合致しており、同賞の受賞に相応しいと判断する。
 ただし、主に英文の2次資料に基づく各事例の定性分析による仮説の検証の妥当性については、十分に評価できているかは心許ない。仮説の検証に当たって、二次資料の恣意的な解釈が行われていないか、最終的な評価は今後、各国・地域の専門家による批判的検証が待たれるだろう。
 いずれにしても、大澤会員には、今後も比較政治学の理論研究に邁進いただくとともに、ラテン・アメリカの事例研究を通じた今学会における益々のご活躍をぜひ期待したいと思う。

2021年研究奨励賞選考委員会 安井伸、田村梨花、桑原小百合(委員長)

過去の受賞者(所属・肩書は受賞時点)

  • 2020年度 該当者なし
  • 2019年度 該当者なし
  • 2018年

    内山直子氏(東京外国語大学世界言語社会教育センター/特任講師)

    授賞対象業績:

    Uchiyama, Naoko. Household Vulnerability and Conditional Cash Transfers: Consumption Smoothing Effects of PROGRESA-Oportunidades in Rural Mexico, 2003−2007. Kobe University Social Science Research Series, Singapore: Springer, 2017.
  • 2017年

    岡田勇氏(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)、水上啓吾氏(大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授)

    授賞対象業績:

    岡田勇『資源国家と民主主義―ラテンアメリカの挑戦』点から―』
    水上啓吾『ソブリン危機の連鎖―ブラジルの財政金融政策』
  • 2016年度

    近田亮平(日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員)

    授賞対象業績:

    (1)「労働者党政権下の社会的公正」『国際問題』No.645(2015 年 10 月号、(2)「岐路に立つ「新しいブラジル」の福祉レジーム」『福祉レジーム』新川敏光編 著、ミネルヴァ書房、2015 年、(3)「ブラジルの条件付現金給付政策―ボルサ・ファミリ アへの集約における言説とアイディア―」『新興諸国の現金給付政策―アイディア・言説の 視点から―』宇佐見耕一・牧野久美子編、研究双書 No.618、2015
  • 2015年度

    宮地隆廣(東京外国語大学准教授)

    授賞対象業績:

    『解釈する民族運動ー構成主義によるボリビアとエクアドルの比較分析』 (東京大学出版会)
  • 2014年度

    村上善道(CEPAL-ILPES)

    授賞対象業績:

    “Trade Liberalization and Skill Premium in Chile”Mexico y la Cuenca del Pacifico, Nr. 6, 2014: pp. 77-101.