ラテン・アメリカ政経学会

ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞

ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞は学会創立50周年を記念して2014年度に、日本におけるラテン・アメリカとカリブ地域並びにこれら の地域をルーツとする人びとに関する社会科学分野の研究の活性化と発展のため、 そして、とくに若手研究者の研究を奨励することを目的として設置されました。各暦年に50歳未満の会員が刊行した著書・論文の中から、会員の推薦を受けて選考委員会で特に優れていると評価された研究業績に対して授与されます。【参考】ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞(JSLA賞)規程

 

2017年研究奨励賞受賞者の決定について

2017年受賞者: 岡田勇氏(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)、水上啓吾氏(大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授)

2017年度ラテン・アメリカ政経学会の研究奨励賞は以下の二点に授与される。いずれの著作も、現代的意義の大きいリサーチ・クエスチョンを設定し、幅広い先行研究の渉猟に基づき多角的な視点から検証する秀作であり、当学会および日本におけるラテンアメリカ研究への貢献も大きいことから、二作の受賞となった。

岡田勇『資源国家と民主主義―ラテンアメリカの挑戦』

本書は、2000年以降の価格高騰によりラテンアメリカ諸国が享受した資源ブームと、同時期に増加した街頭での抗議行動というインフォーマルな政治参加の拡大の関連性について、ボリビアとペルーを中心に多様なアプローチから重層的に論じた意欲作である。

本書は4部構成となっている。第Ⅰ部ではラテンアメリカを中心に資源政策と政治参加に関する先行研究を詳細に検討し、そこから本書の分析枠組みを抽出している。第Ⅱ部では、ラテンアメリカの資源国を対象とした計量分析により、国有化政策の決定要因、および資源レントの変動と政治参加の関係について分析し、先行研究に重要な修正が必要である可能性を示唆する。第Ⅲ部と第Ⅳ部では、質的比較分析(QCA)や過程追跡などの分析手法を駆使しながら、ぺルーとボリビアの体系的な比較分析を行っている。

本書では、資源レントと政治参加の関係性という大きな問題意識に対して、計量分析、詳細な事例分析とその比較、質的比較分析といった複数の方法論を使い多面的に接近することで、議論に強い説得力と厚みを与えている。また、それぞれの方法論においては、注意深く精緻に分析が進められている。事例分析においては、フィールドワークや一次資料の渉猟による詳細な叙述、分析が展開されており、地域研究者としての強みがいかんなく発揮されている。

最後に今後の研究のさらなる展開を期待して、以下2点を指摘したい。第一に、「合意」という言葉についてである。本書を読む限り「合意」という言葉には、ステークホルダー間でどのように協議制度を構築して議論を進めるのかという手続きに関する「合意」と、それに基づいて話し合った結果の実際の資源管理に関する「合意」の2種類があるように思われるが、それらが明示的に区別されていない。第二に、資源レントをめぐる合意形成の舞台や方法として本書はインフォーマルな街頭での抗議行動に焦点をあてるが、政党や議会といったフォーマルな制度を通したプロセスについてはふれられておらず、抗議行動の主人公たち(鉱山労働者や先住民族)と諸政党の関係がどのようなものなのか、政党は完全に蚊帳の外という理解で正しいのかという疑問が残った。

とはいえ、これらはけっして本書の価値をそぐものではなく、本書が近年の日本のラテンアメリカ研究においてきわめて学術的貢献が高いものであることには疑いの余地がない。

水上啓吾『ソブリン危機の連鎖―ブラジルの財政金融政策』

本書は、ブラジルのカルドーゾ政権期の財政政策について、国債管理を結節点にしながら国際的資本移動との関係に注目して分析した秀作である。ハイパーインフレに悩まされていたブラジルにおいて、財政赤字の改善とインフレ収束は最重要課題であったが、貧困や格差が大きいブラジルにおいては諸セクターからの再分配圧力も強く、達成できずにいた。カルドーゾは財務大臣時代にドルペッグによるインフレ抑制策(レアル計画)を発表し、ハイパーインフレの収束に成功した。しかしその維持のためには通貨価値の安定や財政の安定化は重要である。本書は、カルドーゾ政権期に国債取引が自由化されたことによって、国際金融市場から財政均衡圧力が生まれ、それを達成するための制度が導入されたことに注目し、労組をはじめとする国内諸セクターからの圧力を受けながらも財政再建の努力が進められた過程を考察している。

序章ではブラジルのマクロ経済を歴史的にレビューし、本書の課題と分析視角、カルドーゾ政権の位置づけとグローバル化がもたらす影響、分析概念の整理を行っている。それを受けて第1章では国債管理政策の経過について、第2章では予算編成過程における財政規律の制度構築について、とくにIMFのコンディショナリティと財政責任法に注目して議論している。第3章では公企業の民営化過程について、第4章では租税政策、第5章では地方政府の対応として、とくに財政制度改革と参加型予算制度について考察している。

本書の強みは、第一に、ブラジルの財政問題を、国内的課題であるとともに国債管理を通して対外要因からも制約を受ける課題としてとらえる複眼的視点である。第二に、財政問題を狭い意味での財政学の議論にとどめず、政策プロセスに影響を及ぼすブラジル国内の政治過程や労組をはじめとする社会組織の動向、連邦財政と地方財政の関係性など、多角的に分析している点である。

本書について問題を指摘するとすれば、以下2点である。第一に、「ブラジルの財政金融政策」という副題が付されている一方で、中央銀行の政策過程を含めた金融政策に関する記述があまり見られないという点である。第二に、本論のテーマである財政金融政策について、マンデル=フレミング・モデルのようなスタンダードなマクロ経済学の枠組みからの考察もされていれば、本書の白眉である財政政策の諸問題の分析がより際立ったものになったのではないかと思われる。

本書は、グローバル化時代のブラジル(そしてラテンアメリカ)財政に関してわれわれの理解を大きく助ける研究成果であるだけでなく、おそらくは新興国経済や先進国をも射程に入れたグローバル時代の財政研究にとっても多くの示唆をもたらす一冊であるといえるだろう。 

2017年度研究奨励賞選定委員 久松佳彰、安井伸、坂口安紀(委員長)

過去の受賞者(所属・肩書は受賞時点)

  • 2016年

    近田亮平(日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員)

    授賞対象業績:

    (1)「労働者党政権下の社会的公正」『国際問題』No.645(2015 年 10 月号、(2)「岐路に立つ「新しいブラジル」の福祉レジーム」『福祉レジーム』新川敏光編 著、ミネルヴァ書房、2015 年、(3)「ブラジルの条件付現金給付政策―ボルサ・ファミリ アへの集約における言説とアイディア―」『新興諸国の現金給付政策―アイディア・言説の 視点から―』宇佐見耕一・牧野久美子編、研究双書 No.618、2015
  • 2015年

    宮地隆廣(東京外国語大学准教授)

    授賞対象業績:

    『解釈する民族運動ー構成主義によるボリビアとエクアドルの比較分析』 (東京大学出版会)
  • 2014年

    村上善道(CEPAL-ILPES)

    授賞対象業績:

    “Trade Liberalization and Skill Premium in Chile”Mexico y la Cuenca del Pacifico, Nr. 6, 2014: pp. 77-101.