ラテン・アメリカ政経学会

ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞

ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞は学会創立50周年を記念して2014年度に、日本におけるラテン・アメリカとカリブ地域並びにこれら の地域をルーツとする人びとに関する社会科学分野の研究の活性化と発展のため、 そして、とくに若手研究者の研究を奨励することを目的として設置されました。各暦年に50歳未満の会員が刊行した著書・論文の中から、会員の推薦を受けて選考委員会で特に優れていると評価された研究業績に対して授与されます。【参考】ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞(JSLA賞)規程

 

2018年研究奨励賞受賞者の決定について

2018年受賞者: 内山直子氏(東京外国語大学世界言語社会教育センター/特任講師)

Uchiyama, Naoko. Household Vulnerability and Conditional Cash Transfers: Consumption Smoothing Effects of PROGRESA-Oportunidades in Rural Mexico, 2003−2007. Kobe University Social Science Research Series, Singapore: Springer, 2017.

本書は、メキシコ農村地域の貧困家計の脆弱性および、PROGRESA-Oportunidadesという条件付き現金給付政策の効果を、2003年から2007年までの家計パネルデータを用いて実証的に分析した研究成果である。この時期は、リーマンショック以前の比較的安定したマクロ経済的状況であった。本書はミクロ的な政策介入が脆弱性に焦点を当てたときにどのような効果があったかを明らかにすることに貢献している。

本書は五章から構成されており、第一章ではメキシコ経済および貧困と脆弱性が概説されている。PROGRESA-Oportunidadesという条件付き現金給付政策の解説もおこなわれている。第二章では、農村地域での貧困拡大と脆弱性の決定要因について分析がなされている。第三章では食料価格の上昇による家計への悪影響を条件付き現金移転がどれだけ緩和するかを分析している。第四章では、リスクシェアリングという観点から脆弱性と条件付き現金移転の効果を議論している。第五章は政策論のまとめである。

第二章での実証研究では2時点間の移転行列によって表される。本章での脆弱性とは、貧困への陥りやすさであり、当初の時点では貧困ではないが、その後に貧困に陥った場合に、事後的に脆弱性があったと認定されている。加えて、筆者は当初には貧困であったが、その後に貧困から抜け出した場合も考慮している。すなわち、貧困線を越える移動を問題にして、脆弱性を考慮している。

第三章では、国際的な食料価格の高騰により、メキシコ農村家計の貧困が影響を受け、また、条件付き現金移転はその悪影響をある程度まで緩和したことを分析している。本章では、家計サンプル全体についてカーネル密度推定を用いて考察しており、2時点間の貧困状況を視覚的に見せることに成功し、統計分析に繋げている。

第四章では、リスクシェアリングが食料においては村落レベルで機能していることを示している。また、本章では脆弱性という概念を、十分に消費平準化ができないという点から議論しようと試みている。

第五章では、条件付き現金移転が労働市場において供給側(家計側)のみに影響を与えていることに注意を喚起し、労働需要側の変化がなければ、政策的な効果が低いであろうことを指摘している。

以上の通り、本書はメキシコ貧困家計とその脆弱性について分析した優れた研究成果であり、今後貧困研究一般やメキシコ経済研究における先行文献として、国内外で広く参照されるであろう。CCTが貧困家計の脆弱性緩和に一定の効果を持ったことを確認しつつ、食料価格の上昇という外部ショックの影響を完全に相殺するには至らなかったとする結論には、綿密な計量分析に裏付けられた高い説得力が感じられ、それを踏まえた政策提言も傾聴に値する。

なお、第五章の指摘については、Bianchi and Bobba (2013)が指摘するように、本プログラムが恒常的な所得を増やすことによって、家計にリスクをとらせ、自営業すなわちミクロ企業を増やしている可能性がある。このようにPROGRESA-Oportunidadesの研究は更に広がりを見せていることは興味深い。

Bianchi, Milo, and Matteo Bobba. 2013. “Liquidity, Risk, and Occupational Choices.” Review of Economic Studies 80 (2): 491–511. Parker, Susan W. and Petra E. Todd. 2017. "Conditional Cash Transfers: The Case of Progresa / Oportunidades." Journal of Economic Literature VOL. 55, NO. 3: 866-915

2018年度研究奨励賞選定委員 坂口安紀、久松佳彰、安井伸(委員長)

過去の受賞者(所属・肩書は受賞時点)

  • 2017年

    岡田勇氏(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)、水上啓吾氏(大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授)

    授賞対象業績:

    岡田勇『資源国家と民主主義―ラテンアメリカの挑戦』点から―』
    水上啓吾『ソブリン危機の連鎖―ブラジルの財政金融政策』
  • 2016年

    近田亮平(日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員)

    授賞対象業績:

    (1)「労働者党政権下の社会的公正」『国際問題』No.645(2015 年 10 月号、(2)「岐路に立つ「新しいブラジル」の福祉レジーム」『福祉レジーム』新川敏光編 著、ミネルヴァ書房、2015 年、(3)「ブラジルの条件付現金給付政策―ボルサ・ファミリ アへの集約における言説とアイディア―」『新興諸国の現金給付政策―アイディア・言説の 視点から―』宇佐見耕一・牧野久美子編、研究双書 No.618、2015
  • 2015年

    宮地隆廣(東京外国語大学准教授)

    授賞対象業績:

    『解釈する民族運動ー構成主義によるボリビアとエクアドルの比較分析』 (東京大学出版会)
  • 2014年

    村上善道(CEPAL-ILPES)

    授賞対象業績:

    “Trade Liberalization and Skill Premium in Chile”Mexico y la Cuenca del Pacifico, Nr. 6, 2014: pp. 77-101.